序
黄昏に染まる窓の外で樹木の暗い影が風に揺れていた。部屋の中は刻々と色を失っていく。締め切った部屋に聞こえる音といえば、時計が刻む音だけだ。 昼と夜の狭間の頃、空気はひどく濃密に感じられる。フロアスタンドのスイッチを押すと、窓ガラスに部屋の内部がぼんやりと浮かび上がった。 そして――すんなりした肢体。白っぽくハレーションする乱れた金髪。滑らかな頬のライン。背後の柔らかい明かりが輪郭を金色になぞる。 やがて澄んだ闇は鏡となり、どこか憔悴した表情や迷子の子供のような不安を刷いた淡緑の瞳まで映し出すだろう。
(おまえが望んだのだ) (おまえがやらせるのだ)
――やめろ!
一瞬、自分が声を出してそう言ったのかと思った。 躰中を引っ掻きまわす冷気は気のせいだ。額に吹き出た冷汗も気のせいに違いない。それは祈りにも似ていた。 恨みがましい声は躰の深奥まで貫き、じわりじわりと蝕んでゆく。 指先の細かい震えは手を握り締めても、微かに続いた。 込み上げてきた不安が、突如として唐突の憤りとすり変わった。自分を映し出す闇色の鏡への嫌悪が膨れあがる。 破壊衝動――投げ付けた灰皿は跳ね返され、小さくバウンドしてフローリングの床に落ちた。ひび一つ、毛先ほどの傷すらつけることなく、空中に飛び散った灰に塗れになりながら、引きつったように笑うしかなかった。
(おまえが望んだのだ) (おまえがやらせるのだ)
声もまた、囁き続ける。
|