だが殊勝に待つつもりなど、クレイグにはさらさらなかった。 ウォレン・カイブルのところで使う予定だった各種押し込み道具が役に立ったことを、満足するべきだろうか。『ここに防犯装置あり』と宣伝しているような、十年どころか二十年は経ていそうな警報装置である。管理会社のせめてもの誠意といったものかもしれない。それを切って、侵入者はじっと耳を澄ませた。 夜と朝の狭間の時間、あたりはしんと静まり返っていた。ブティックやアンティークショップやバーがぎっしり建ち並ぶ界隈から僅か数ブロックしか離れていない。 だがダリューの母親名義のその家だけは時の流れから切り離されているようだった。門扉のペンキは剥げかけてサビが浮き上がり、ポーチの手摺りに触れる手はサカサカとけば立った感触を伝えた。 無断侵入の伝統を踏襲して、裏口を開けにかかる。がたついたドアはじきに抵抗を諦めて、五分後、クレイグは中に踏み入った。 内の空気は湿気っぽく、ぞっと冷たい。戸口に立ちすくんで目が闇に慣れるのを待つ。 白っぽい壁と天井。この家を建てる当時の流行とおぼしきスタイルのキッチンだった――安っぽいデコラ張りの。 アンドレア・メンドーサは中産階級の家庭で育ったごく普通の娘だったらしい。それがノリスの父親の逆鱗に触れたのだろうか。 ぼんやり考えながら、クレイグはゆっくり動きだして隣の部屋に入った。窓にカーテンが下がっていることを確かめて、小型の懐中電灯をつける。 ぐるりとめぐらせた光が、僅かばかりの家具とがらんとした内部の様子を映し出す。 その家具は、デコラ張りキッチンのこの家には不釣り合いに値が張りそうだった。空き家として登録してあるが、いつ帰ってきてもいいように最小限の物が揃っている。部屋から通じている廊下は浴室や寝室などのプライベートスペースに通じているらしい。 クレイグはもはや、れっきとした空き巣狙いの心境であった。落ちるとこまで落ちたな――ぼやきながら向きを変えたちょうどそのとき、何か物音を聞いたような気がした。懐中電灯のスイッチを切って、全身で気配を探る。 かちりと小さな音がした。素早く一隅に身をひそめ、用心深く呼吸を整える。 玄関のドアがゆっくりと開きはじめた。戸口に人影が現われる。スポーツクラブのインストラクター並みに均整のとれた人影は、真っすぐ寝室とおぼしき部屋へ向かい、ドアを開け放った。時を移さず弱々しい明かりが廊下に落ちる。 クレイグは胸の中で苦々しく舌打ちした。まさか同業者(?)ではあるまい。間取りを知っている慣れた足取りだった。 布の擦れる音や、ときおり荒く息をつくような様子がほんのしばらく続き、また暗くなる。ふたたび現われた男は毛布に包んだ荷物を担いでいた。男の肩で二つに折れた荷物はどっしりと重量感が感じられる。毛布から白っぽい髪が見え隠れしている。ということは、なすべきことはただ一つ。クレイグは攻撃できる距離をとり、懐中電灯の光をまともに男に向けた。 「おいっ…そいつをどうするつもりだ」 男は足を止め、のろのろと向き直った。値踏みするような視線が鋭く顔面を射る。クレイグも負けじと睨みつけた。 息詰まる緊張が空間に広がっていく。 男は上体をゆらりと傾かせ、肩の荷物を床に落とした。包んだ毛布の端が捲れ、予想どおりの顔があらわになる。 ダリューが苦しげに眉を顰めて眠っていた。薄く開いた唇から漏れる息がやや荒い。 ふいの一撃を食らったのはそのときだった。 一瞬、目が眩み、握っていた懐中電灯を取り落とす。クレイグはよろめきつつも身構えた。相手のみぞおち目がけてパンチを食らわせ、その瞬間、クレイグの顎にも一発入り、崩れ折れた。 続く乱闘の間にクレイグが訝しんだのは、ダリューのことだった。ドタンバタンとけたたましい騒音の中、床に放り出された青年は断固と眠り姫を決め込んでいる。異常を感じて当然であった。 だが、こういう状況でへたに注意を喚起されるほど迷惑なことはない。その報いは腹部を襲った衝撃だった。激痛が呼吸さえ奪い、躰をくの字に曲げて苦しむ。 「クレイグ!」 誰かがどこかで叫んだ。 手に触れた懐中電灯を投げ付けると「ウッ」と襲撃者が呻いた。それが相手の怒りを増幅させた。 脇腹に爪先が蹴り込まれ、クレイグは壁際まで転がった。 「おい…やめろ!」 誰かがドアで叫んだ。 そこへもう一撃。咄嗟に躰を庇ったが、受け損なった勢いで側頭部を柱で強打する。目の奥で星が散った。 襲撃者がドアの方を振り向く。向かっていく足取りが素早い。 新たなる乱闘が始まるかと思われたとき、軽い破裂音が響いた。 人影が弾かれ、後方にふっとぶ。 床に転がっているダリューが小さく呻いて、もそりと動き、そして眠り続ける。 遠ざかる足音――襲撃者のものか? 誰かの影がおおいかぶさってくる。 「クレイグ……」 不安に緊張した牧師の声。 「大丈夫ですか?」 大丈夫じゃない。 目を開けるのも億劫なくらい、最低最悪だぜ……。
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