無実の罪をかけられた少年を救った青年武士。二人を待ち受ける皮肉な運命を描いた物語。
長い浪人生活ののち、わずか二百石ながら奉公できるようになって、はや数年。嶋村大右衛門も、27歳になった。早くに父を亡くし、母と二人の妹を養ってきた苦労人である。 ある夕暮れ時、蛍見に行った大右衛門は、不審な男を見かける。 侍の小者らしき男は、石地蔵の前に真新しい文箱を置き去る。声をかけるや、慌てて逃げ出そうとする男を捕らえるが、小者はだんまり。大右衛門は、取り合えず近くの寺に男の身柄を預ける。取って返すが、文箱はすでに役人の手に。
役人が箱を開けてみると、「約束した毒薬を渡すから、早く飲ませちゃって。この手紙は焼き捨ててね」みたいな文(ふみ)と、念入りに包んだ袋か一つ。文には剣菱の紋所が…。(注:文はこんな軽薄な文体ではありません) すわっ、殺人未遂事件発生か?!
剣菱の紋は春田丹之介という15歳になった若者の定紋だが、本人には心当たりがない。とはいえ、事が事だけに謹慎することになるも、例の小者を捕らえていた大右衛門のお陰で、丹之介は身の証がたつ。 ちなみに、この時点では二人はまだ知り合いではない。
実は、丹之介には自分を罪に陥れようとした相手が分かっていた。彼に執心するストーカー男の逆恨みである。 しかし邪恋とはいえ、恋心ゆえに起きた事件だからと、丹之介は沈黙を守ったのだった。不利を悟った相手はとっくに行方知れずに。
こんな性根の腐った男に狙われるだけあって、この丹之介くん、容姿端麗で、なよやかな姿は女性と見間違うほど。15歳の今でも念者がいないのは、その美貌ゆえ世間がそれを許しているからなのだそうだ…世間ってコワイ(^^; 律儀でもあった丹之介は、この災難から救ってくれた人物を手を尽くして探すが、年が明けても相手は遂に分からなかった。
ところがある日、ひょんなことから、それが大右衛門と判明する。 「その折のお心尽くしのほど、たいへんありがとう存じます。知らないこととはいいながら、御礼も申さずに長い年月を過ごし、心ない木石のように思われたでありましょう。それが残念です」 「悪いのはお知らせしなかった自分の方です。新参者のことであり、遠慮したようなわけで、かえって大変ご心配かけたようで申し訳ない」 ……美しいことばなので、そのまま記してみる。 そんなこんなで、大右衛門と丹之介は深く思い合うようになり、自然と衆道の契りを交わすようになる。
丹之介の屋敷の裏を流れる大川を利用して、二人は逢瀬を重ねる。 大右衛門は人目を忍ぶために、岸辺で着物を脱ぎ捨て、脇差一腰になって、胸を焦がして川を渡って通った。時には身の危険も感じるほどの通い路だったというから、恋の力って凄まじい。
そんなある夜、いつものように大右衛門が忍び入ると、突然、丹之介が、彼の濡れたままの体に飛びつき、抱き締めてきた。 聞けば、通い路の川で大右衛門が命を落とす夢を見たと、涙ぐむ。 「夢が正夢になるなら、逢えないときは夢で逢える。それも楽しみじゃないか」 そのあたりは大右衛門は大人の余裕。丹之介を宥めながら、しっかり契りを交わす。 きっと「愛いヤツ」なんて思いながら丹之介を抱き寄せたんだろう…ドキドキ。 そして夜が明けきらぬうちに、また丸裸になって川に入って帰っていくんだから、うーん、情熱的!
ところが、大右衛門が川を泳いでいく姿を大きな鳥と見間違った若侍がいたのだ。運の悪いことに、弓の稽古なんかしていたり…もっと明るくなってからやれよ。 そいつに、大右衛門は横腹を射抜かれてしまうのだ。 何とか家にたどり着き、大右衛門はわざと狂気したかのような遺書を残し、自害してしまう。だって、そのときスッポンポンだったんだから…色々とヤバイでしょ。
丹之介が大右衛門の死を知ったのは、翌日のこと。 愛する人を傷つけた矢から相手が分かり、仇討ちを決意。大右衛門が亡くなってから52日目、その墓前に仇を同道して果し合いを挑む。 もっとも、大右衛門の母や妹のために、衆道関係にあったことは秘めたままだから、相手はわけが分からないままで、それも気の毒。 それでも抜き合わせ、二人ともはかなくなってしまったのだった。(巻1-5)
嗚呼、丹之介くん、あたら命を…。けな気だ。 若さゆえの一途な恋って…ふっ、遠い世界だわ〜。 |