今回は実話をもとにしたお話で、ラブラブの二人と横恋慕しようとする男との顛末記ってところ。さて、どうなりますか、お立会い。
八雲立つ出雲の国守に仕えた、六百石取りの増田氏次男・甚之介くんは、出雲に集まった神サマ達も噂するほどの文武両道の美少年ぶり。11歳の暮れから小姓奉公に出ることとなった。 同じ家中(藩士)の森脇権九郎・28歳からラブレターが届いたのは、甚之介14歳の夏のこと。すっかり権九郎に手懐けられた増田家の小者に聞けば、甚之介が13歳の頃から恋焦がれていたという。 ほだされたか、甚之介くん…「恋の道はやるせないもの」なんてマセた口なぞ利いて、夏のある夜、ついに二人は男色の契りを結び、年の差カップル誕生となる。 無論、二人だけの秘め事で、知るのはお月様ばかり。
しかし、美人さんというのは罪作りなもの。 甚之介16歳の秋のこと。家中の下っ端奉公人・半沢伊兵衛に目をつけられた。幾度となくラブレターが届くものの、無視を決め込む甚之介。 ついに業を煮やした伊兵衛は、「それほどコケにするなら恨んでやるぜ」と、すっかりギャクギレ。 命の危険まで感じた甚之介は、ついに権九郎に相談する。 ところがこの年上の恋人、「下っ端だからってバカにしちゃだめだよ。生きているから、こーゆーことやあーゆーことも楽しめるんだから」 などと頼りになるやらならぬのやら。 あげくに、「角が立たないような方法を自分で考えなさい」と他人ごとのような冷たい言葉。 これって、付き合ってやればってこと? そりゃないぜ、権九郎サン。 当然、甚之介もピキーンとブチ切れた。 自分が恋人だっていうのに、ひどいっ。 こうなったら、伊兵衛をたたっ切ってやる。そして自分が生き残ったら、この男も生かしちゃおかないぞ! ポーカーフェイスのまま、暗ーい決意を固めるのだった。 ま、蝶よ花よと育てられた苦労知らずのお坊ちゃまだし、一途に恋するお年頃、思い込んだら命懸け、なんである。
さっそく伊兵衛に果たし状を出し、両親、親戚、友人一同に遺書を書き残す。さらに権九郎に、今までの怨みつらみを一つずつ論(あげつら)った手紙に、「ボクは美しい盛りに儚くなっちゃうんだから怨んじゃうよ」みたいな辞世の句までしたため、決闘の日の午後10時過ぎに届けるように小者に託す。 ちなみに、手紙は流麗な文体であったことを、彼の名誉のためにつけ加えておく。
時に、寛文7年3月26日夕暮れ時。 甚之介はこの世の着納めとばかり、肌に白無垢、上には糸桜を刺繍させた浅葱(あさぎ)色に紫の腰替わり、紅裏(もみうら)の大振袖に鼠色の帯と、目眩がするほど華やかな衣装で、指定した場所に臨む。うーむ…ゴージャス!(腰替わり=腰のあたりを染め分けた小袖) 無論、腰には大小…それもブランド物の名刀を差し、待つことしばし。
日暮れて、もう人顔も見えなくなったころ、息を切らしながら駆けつけてきたのは権九郎だった。 「あんたなんか、知らない」 「ごめんな。そのことは三途の川で話し合おうぜ」 「ふんっ、腰抜けの助太刀なんていらないよ」 痴話喧嘩なぞしているうちに、ようやく半沢伊兵衛がやって来た。ただし、助っ人に悪友16人を引き連れてだ。卑怯もんっ。 対する甚之介チームは主従合わせて、たった4人。ここが最期と、入り乱れて切り結ぶ。
甚之介の手にかかって2人、権九郎の太刀先で4人が即死、手負いが7人。あとは逃げ失せたものの、見方も小者を1人亡くした。 とはいえ、2人が浅手ですんだのは上々の首尾といえよう。 のちに調べたところ、甚之介の刀には切り込みが73箇所、鞘にも18箇所。着物はただもう真っ赤に血塗れ、左の袖下も斬り落とされていたという。
それから2人はその近所の寺に忍び入り、「出家してから2人が切腹したことにして欲しい」と住職に頼み込んだ。出家ということにしておけば、お家に迷惑がかからないもんね。 今にも腹をかっさばこうという2人に、住職は「正々堂々とした喧嘩だったのだから、どうせなら家老や役人に届けて、皆の前で切腹し、後世に名を残した方がよい」と、待ったをかける。 2人は取調べをうけるが、すったもんだののち、「甚之介のパパは忠義者だし、本人もマジメに奉公していたし、今回は若いのによくやったんじゃないか」と、親の七光りもあって不問。当然、権九郎もお咎めなし。
この後が笑える。 この顛末は実話だから、市中でそうとうの噂になった。 それから、甚之介を見習って、侍から町人の息子まで衆道に命を惜しまなくなる。 念者を持たぬ少年は、夫を持たない女のように思われ、男女の色恋よりも男色が大いに盛んになったそうな。ま、幸せならいいけどね。(巻1-4) |