本館迷夢的西鶴男色大鑑 目次衆道辞典

男色大鑑 第五巻
・1、泪のたねは紙見世
<なみだのたねは かみみせ>

昔、若衆歌舞伎が御禁制になった後、「物真似狂言尽し(ものまねきょうげんづくし)」の名目で芝居を再興し、将来、立女形になりそうな見込みのある少年役者を大勢集めた。

「物真似狂言尽し」=舞踊本位の若衆歌舞伎に対して、老若男女それぞれの世態を写実風に
真似る演劇。この名目で再興が許された。役者も若衆歌舞伎の魅力だった前髪を落として、
野郎頭にすることに(^^;

当時は都でも舞台子を相手に遊ぶことは稀(まれ)で、花代も金一歩に決まっていて、今ごろの飛子(とびこ)のように客を相手に勤めたそうな。
そのうちこの世界もインフレで(?)、ずい分相場があがったらしいけど、それでもまあ、銀二両くらい(ってどのくらいなんだろ)を茶屋に払えば、芝居が終わってから夜明けまで若衆をいいよーにできたのである。そのころの子供役者は無邪気なもので、馴染みを重ねても金の無心をすることもなく、玩具や手拭い程度のもので喜んだものだった。
ところがある年、京のある寺の開山350回忌に諸国から集まった裕福な僧が芝居見物に出かけたおり、僧たちは田舎には見なれぬ美少年に恋焦がれ、役者買いを始めた。
なんたって裕福な僧である。でも京で遊べる日程には限りがある…となれば、もー煩悩全開!
費用などかまわず遊んだもんだから相場がどどーんと上がってしまい、世の遊び人は迷惑を被ったのだそうだ。
…坊さんともあろうものが、そんなんでいいのかしらん??

さて、ここからが今回の本筋である。
そのころ、当世風の舞が評判の藤村初太夫というとても美しい役者がいた。
桜のころで、彼も東山へ花見に出かけ、まだ桜を見ていない人の土産に八重桜の一枝を持って帰った。
その帰り道、初太夫は酔っ払いの男たちに「その花を酢味噌にして食べたい」と絡まれる。相手にしないで通り過ぎようとすれば、もっと絡んでくるのがこの手のやつら。
野次馬は集まってくるし、初太夫としても引っ込みがつかないという状態に割って入ったのが、「物柔らかに美しげなる」風流男(やさおとこ)であった。
どんな風流男振りかというと、紫縮緬の引き返しの襦袢に、芥子人形の加賀紋(洒落紋)をつけた両面黒羽二重の着物、宗伝唐茶の畳帯、色鮮やかな二つ珊瑚珠の根付の印籠を腰に下げ、ぬき鮫の脇差、素足に藁草履――よくわからないけどオシャレ〜。
ちょいと粋な采配でその場をおさめたこの男、名をいろはの十郎右衛門という。
もちろん、初太夫くんはポ〜。
その晩から客の勤めもほったらかして、十郎右衛門の家に忍んで行った。
え、下心なんてないよー。
「もしもあの暴れ者が斬り込んで来たら、自分が先に身を捨てて、十郎右衛門に迷惑かけまい」ってゆー、健気な気持ちからだったんだから。
ガンバレ初太夫!
そんな気持ちが十郎右衛門にも通じて、男としては一層見捨てられないってもの。
あの馬鹿者どもも乗り込んでこないいし、緊張していた心が緩めば、恋が芽生える。
互いに深く思うようになったふたりは、衆道の契りを結ぶ。
それから2年あまりの間、人にはできそうもない戯れをし、色々と固く約束をしたのだった。
うーん…人にはできそうもない戯れって、なにかしら〜?!
あんなことや、こんなこと?…ドキドキ。←妄想炸裂でございます。(^o^;



しかし、幸せとは長く続かないもの。
「初太夫、命!」の十郎右衛門は一門のそねみを買い、身の置き所がないような状況に陥り、置手紙を残して行方知れずに!
悲しんだ初太夫が、神に祈ったり、行方を尋ねたが分からない。
初太夫は思い悩み、ついに舞台を放棄し、引きこもってしまう。
「出家するのでもなく、芝居勤めもやめちゃってどーすんのさ」
同僚に訊かれれば、
「黒髪なんて惜しくないけど、好いた人がこの世にいるなら一目会ってからと思っていたけど、そんなこと言われるなんてくやしいーっ」
とばかり、その場で髻(もとどり)を切り捨て、19歳の若さで高野山に隠れてしまう。

それから1年あまりのち、恋焦がれて待ち続けた人が亡くなっていたことを知る。
その地を訪れた初太夫は7日の間供養をして、その後は世を捨てて、再び人にも会おうとしなかった。

 田近画伯の色っぽい絵にときめいてしまいます〜♪
この絵をご紹介したくて、武家物をすっとばしました。(^o^)
それにしても、初太夫の純情に比べると、十郎右衛門て冷たいと思うんだけど。



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