本館迷夢的西鶴男色大鑑 目次衆道辞典

男色大鑑 第三巻
・5、色に見籠は山吹の盛
<いろにみこむは やまぶきのさかり>

桜盛りの頃のこと。ひとりの若侍が目黒の不動を目指していた。
この若者、田川義左衛門(たがわ ぎざえもん)といい、かつては評判の美少年。事情があって浪人していたが、幸運にも元の藩に召し抱えられることになってルンルン気分である。
しかし人生、どこに落とし穴があるか分からない。
義左衛門のそれは、目黒の境内で風流な、浮世の人とは思えぬほどの美少年に出会ったことだった。
腰つきすんなり、左手に山吹の花をかざして静かにたたずむ姿にポー―ッ。(@。@)
義左衛門はついついその少年のあとを慕ってついて行ってしまう。
辻番に尋ねると奥川主馬(おくかわ しめ)という、どうやらさる大名ご寵愛の者のよう。
その夜は少年の姿を夢に見続けた義左衛門は、翌日も御門先に立ちつくした。さらにご奉公の事などどーでもよくなってしまって、病気と称してお暇をいただく始末。
毎日門前に通うこと7月余り、だが二度と姿を見かけることもなく、ついにその大名の江戸詰めが終わって10月25日には国に帰ることになる。
どこまでもついていくぞと心定めた義左衛門もまた、その大名のあとをこっそりついて行った。
道中で二度ほど、少年の姿を見かける機会があり、自分を見つめる視線に気づいたらしい少年と目が合えば、いよいよ恋心が募るばかり。
だがそれも道中の見納めで、一緒に出雲の国に入った義左衛門は暮らしのために天秤棒を担ぎ、苦しい生活をしていた。
翌年、大名は再び江戸に参勤することになり、当然、義左衛門はあとを追う。
江戸詰め1年の間は、毎日屋敷の外から想いを募らせるという生活で、義左衛門は次第にやつれていった。
いくら恋だからって、武士ともあろうものがアホやねー。(てな意味のことが原文にある)
そして、さらに翌年は国もとに帰る行列のあとを追っていったってえんだから……あんた、つくづくアホや。(^。^;)
少年を見初めてから3年――つまりストーカーし続けて3年、すでに人生捨ててかかっている義左衛門の着物はあっちこっち綻んでボロボロ。脇差だけの哀れな姿。
それでも主馬が篤籠(のりもの)に乗るところをはるかに見つめる義左衛門……。
今では主馬も彼を見覚えて、「どうやら僕に想いをかけているらしい」と哀れに思う。せめて言葉のひとつでも交わしてやりたくても、主馬には監視の目が光っている。
…殿様も主馬にベタ惚れのうえに、嫉妬深かったのかなあ。

再び出雲の地を踏んだ義左衛門には、すでに昔の面影はない。物乞い同然の姿で、昼は野末に隠れ、主馬の夜勤帰りの姿を垣間見るのが唯一の楽しみとしていた。
あるとき、主馬は従者にこっそり相談する。
「僕はまだ人を斬ったことがないんだよね。いざっていうとき不安だから試し斬りしたいんだけど」
どしぇ〜〜?!
従者だって驚いちゃいますぜ。
「理不尽に人を斬るのはマズイでっせ」
「辻斬りしようってんじゃないよ。屋敷近くにこの先生きていてもしょーもないような物乞いがいたからさ。なんでも願いを叶えてやる代わりに、その後で命を貰いたいって交渉してみてよ」
「あんな姿になっても命は惜しいもの」という従者の苦言に耳も貸さない。
従者がしぶしぶと物乞いに話しをしたところ、なんと交渉成立してしまったではないか!
さっそく物乞いを風呂に入れ、着物を着せ替え、好きな献立でご馳走三昧の10日間――ついにやってきた約束の日の夜更け。
庭に引き出した物乞いに覚悟が変わらぬことを確かめたのち、主馬は物乞いに向かって太刀を一閃。ところが、物乞いの体には傷ひとつない。
実は主馬くん、脇差の刃を潰しておいたんですな。
なぜって? そりゃもちろん物乞いにまで落ちぶれてしまった男と話をするため。
斬られた本人も従者も目をパチクリしているうちに、主馬は従者をさっさと庭から追い出し、あらためて物乞いと向かい合った。
「あなたは僕に恋焦がれている人だよね」
促がされて、男は懐(ふところ)から取り出した守袋をおずおずと差し出した。「私の本心はこの中に」と言いながら涙を流す。
中から出てきたのは薄紙70枚ほどを継いで書かれた、目黒不動での初恋(!)から今日までの想いを綴ったラブレター。
その4、5枚を読んで、主馬は男を従者に預け、翌朝早く登城した。
殿様にそのラブレターを差し上げつつ、
「その者を念者にしなくては若道の一分が立ちません。でもそれに応えるのは掟に背くことになります。こうなった以上お手討ちにしていただきたい」
殿様は半時あまりかけてそのラブレターを全部読んだ。…ヒマだったらしい。(^_^;)
「吟味してから連絡するから、とりあえず家に帰るがよい」
「家に帰ったら、このまま不義をしてしまうから、いっそ切腹させてください」
主馬くん、なかなかの頑固者。困った殿様は思案の末にとりあえず閉門を申し渡す。
屋敷に戻った主馬は、その日から義左衛門と命懸けのランデブー。
くんずほぐれず、朝に夕に(たぶん夜中も)心行くまで戯れるふたりだった。
は、激しい…?
なんたって主馬は死を待つ身だから、今生のなごりってわけで。(^。^;)

それから20日後、主馬は閉門を許された。その上、丸袖の時服五着と金子30両を賜り、
「浪人の件、ちゃんと支度をしてやり、明日には江戸に送りかえせ」との思いがけない次第となる。
…えーと、丸袖っていうのは成人用の衣服で、時服は下賜される衣服のこと。つまり、表立っては特に祝えないけど元服を許すってことかな。
そう。殿様の粋な計らいで、主馬は晴れて自由の身となったわけだけど、なんたって彼は律儀で頑固。
「このご恩に報いるすべがない…」と深く感激し、江戸に帰る義左衛門と兵庫で別れて、自分は葛城山に近い隠れ里に住むことに。髪を散切りにして、心身清く涼しく生涯を送ったという。

今回も長い物語だった…っつーか、はしょりようがないというか…。
    ここではすっぱり省略したけど、この物語には具体的な地名がずい分出てくるので、何か下敷きとな
    ったもの(事件)があったのかな。
    次回は武家物をお休みして町人物をご紹介します。



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