まだ人生の無常など分かりそうもない若い男が、骨桶二つを風呂敷包みにして涙ぐみながら、高野山への道を尋ねると、ちょうど同じ霊場に向かうという男がいて道連れとなった。 時節はちょうど夏至の頃(陰暦5月中旬)、道すがら田植え歌など聞こえ、若い娘の姿も見える。ことろが同道する男は断固として顔を背ける。 「俺は女は嫌いなのさ。衆道のほかに興味はないんだ」 おおっ、いきなりのカミング・アウト。 すると骨桶を持った男もまた、「私もそうだ」と悲嘆にくれる。 あまりにも悲しそうな様子に事情を尋ねると、遺骨の主は、駿河(静岡市)の京呉服店の息子で万屋の久四郎(よろずやのきゅうしろう)という美しい若衆だという。 「13の時から私に身を任せて、毎日のように深く契りを結んでいたのに、死んでしまったんですよ。百か日も過ぎたので、骨を高野の奥の院に埋めてやろうと思って」
| 高野の奥の院=高野山の奥にある霊場。高野山はこの世の浄土と考えられていた。
| もう一つの骨桶は婚礼の夜に突然亡くなった友人の妻の遺骨で、頼まれたものだと言うと、同行の男は笑い出した。 「衆道好きの人間が女のものを手にするなんて、おかしいないか」 「それもそうだな」 遺骨を持った男は、女の骨を腐った沼に投げ捨ててしまった、って……うらめしや〜、化けて出られても知らないぞ。
そんなこんなの道すがら、坊さんと寺小姓や、その坊さんの昔のオトコと行き会ったりしながら(すわっ、三角関係のもつれか?にはならない)、たどり着いたが高野山。 鬱蒼と繁る木々で薄暗く、遠くでは仏法僧(ブッポウソウ=鳥の名)が鳴いている。 そのとき、白衣の姿がうっすらと目の前に現れた。死に別れた少年の姿だった。 悲しげな少年は、手に中脇差を持ち、やっと声が届くほどの距離を置いて、兄分だった男の名を呼んでいる。
| 中脇指(差)=長さ一尺二寸から一尺七寸九分までの刀…って何センチだ?
| 夢か現(うつつ)かと眺めていると、少年が口を開いた。 「こうして会えると、懐かしいね。それでね、僕が死んだとき、親たちがこの脇差を棺桶に入れてくれたんだけど、これは先祖代々の刀じゃなくて、あるお侍から内緒で預かっていたものなんだ。僕がこんなことになってから、そのお侍から返してほしいって催促されて、両親がとても困っていて。それで、この刀を届けてほしいのだけど」 そう告げると、愛しい恋人の姿はあわあわと消え、時代物の中脇差だけが残されていた。 男はこのあと熊野詣に向かうつもりだった予定を変更、少年の故郷に向かう。
そのころ少年の両親は悲しみも癒えぬうちから、侍に「質に預けた脇差を返せ」と矢のような催促を受け、ほとほと困っていた。 金銀(かね)を積み、いくら詫びても相手は聞き入れず、墓場に埋めた灰まで探したが跡形もない。いよいよ夜逃げしかないかも…と覚悟したとき、念友だった男が高野山から帰ってきた。 亡き少年に託された脇差を差し出して事情を話したところ、人々は驚き、「亡き人の形見と再び見まえるとは」と語り合ったそうな。
高野山の霊場で死者の霊に遭って、刀を渡され伝言を受ける話は、『新御伽婢子』内に類似する話 があり(こっちは女の幽霊)、素材としたらしい。また、亡者からの伝言を遺族に伝える話は、 『今昔物語集』など古くから伝えられている。 |