所は仙台、蒲公英(たんぽぽ)や土筆(つくし)が覗く春真っ盛りのころ。 ある薬屋の前を通りかかった男が、奥から漂ってくる香の薫りに心惹かれて買おうとしたところ、「倅がたしなんでいる伽羅で売り物ではない」とつれない返事。 この男、名を伴の市九郎といい、若道好きらしき津軽町人――どうやらかなり色事にたけている様子の旅人である。 そんな男に惚れてしまったのが、薬屋の倅、若衆盛りの十太郎だった。 両親の期待を一身に享ける天才肌の十太郎クンだけど、そのあたりはとてもウブで、今まで貰った恋文は数知れず、それでも気に入った兄分とは未だめぐり会えないでいた。 そこに現れたのがちょい粋な市九郎。なんせ地方のことで、周りには野暮ったい男ばかり見てきた十太郎には、たまらない。ワルの魅力に惹かれるのは今も昔も変わらないらしく、もう、むちゅーになっちゃった。めろめろ。 しかし男は十太郎の恋心を知らぬまま、さっさと旅立ってしまう。だって市太郎氏は彼の姿も見ていないんだから、しょうがないじゃない? じゃなかったらモノにしてるな、絶対。(^^;
十太郎は恋情募り、ついに狂乱。刃物を振り回すまでに! その目には狂気がぎらついていたというから、思いつめた恋の恐ろしさよ。 命を捨てる覚悟ですがる乳母の説得で落ち着いたものの、加持祈祷(かじきとう)や薬湯のかいもなく、十太郎は次第に弱っていく。 いよいよ今夜あたりヤバイというそのとき、なんと十太郎は自分からようやく頭をもたげて、 「あの人が明日の西日のころ、ここを通るから、必ず引き留めて逢わせて…」 おおーっ、執念。
戯言(たわごと)と思いながらも町の出口をチェックしていると、なんと予定通りにその男がやって来る。 一部始終を話すと市九郎も気持ちが入っちゃって、「万一の時には自分も出家するから」なんて言いながら、十太郎の見舞いに行くと、あら不思議。 十太郎はたちまち元気になって、募りに募った恋心を思いっきり告白。 「僕の体は家にいたけど、魂はあなたの行く先々に付き添って、もう幻の交わりもしたんだよー」…って、それは生霊ってヤツでは? その証拠に、男の夜着の左の袂(たもと)に伽羅の割欠(わりかけ)を入れて置いた、とまで言う。 うーん、この執念深さはコワイじゃないかーっ。 でも恋に手ダレの市九郎はそんなことじゃビクともしない(らしい)。 「そーいやーなんだろーと思ったんだよねー」 と言って、取り出した香木の欠けの継ぎ目を合わせると、ぴったりと一つに!! さては前世からの因縁と、市九郎は十一郎を婿に…いや、嫁か…に娶り、それぞれ馬で市九郎の故郷・津軽に向かったそうだ。
私だったら、生霊になるような嫁(婿?)は御免こうむるが……市九郎、ちゃんと覚悟したのか? もう浮気はできないぞ。(^。^;)
伽羅は香木の名。すぐれた香木とされているが、転じて世にもまれなものを褒めていう語。 この時代の比喩的表現はおくが深いというか…難しいですね(笑)。 |