京師で一、二をあらそう盛り場といえば東市と西市である。ともに下京を貫く大路をはさんで対称の位置するが、その空気は少し異なる。遊里と隣り合っているせいか、どことなく華やかでしっとりした雰囲気を漂わせる東市、かろやかで日常の活気を発散させるのが西市である。 市にはあらゆる職業や身分の男女が集まり、肩をこすれあいながら雑踏の中を歩いていく。 今、少女かと思うほど華奢で、匂いたつような艶やかさをまとった少年が、大路をゆっくりと横切って、東市へ入っていったのを、気に止める者はなかった。遊里が近いこともあり、それと納得させる雰囲気の男や女もめずらしくはない。 少年は自然に人の波にまぎれて歩くことができた。 大道芸が見物人を集めているかたわらで、荷車を止めて野菜や果物を商うものもいる。小店の呼び込みの声、今を盛りの花の束を担った振り売りの伸びやかな口調。 そんなさざめきをくぐって、ときおり少年がからかうように、あるいは戯れるように、肩ごしに視線を投げる。 その視線を受ける里見のほうが目を引いたかもしれない。いかにも機敏そうな少年はどこか必死な面持ちで、ともすれば人の背のあいだに隠れてしまう小振りな頭と細い肩先を追っていく。 異界の気配を感じた瞬間、里見は少年の後に続いたのだ。 異界のものだとしたら狩人ではない自分に、口惜しいが捕縛する力はない。 痛いほど意識しながらも追いかけたのは、主である春風に向けられた冷ややかな声――どれほど尽くしても小姓でしかない寂寞と、己れに対する情けない思いに突かれたからだ。 行く先を確認するだけだ。里見は胸の内で呟いて追跡した。 主が心にかける山吹への対抗心がなかったわけではない。 器量も実力もかけ離れた相手である。羨望や憧憬や嫉妬などが入り混じった、自分でもどうしようもない感情に、衝動的に動きだしてしまったというのも本音だった。 見つけたのか、捕まったのか。 追跡はやがて幕を下ろす。 ふいに少年が足を止めた。 市の外れの袋小路で、二人ははじめて向かい合った。そのときになって、里見は市の喧騒が遠くなっていることに気づいた。 行き止まりの空間に追い詰められたのは、どちらだったか。 「おまえは何者だ？」 逃れようにも逃れられない袋小路に立ちつくす少年に、里見はじりじりと間合いを詰めた。 華奢な少年だ。捕らえるのは易い相手と思われた。 敏捷に身を踊らせ、一気に踏み込む。両腕で少年の身体を押さえ込み、抜き身の小刀を突きつけ、動きを封じる。 身体の自由を奪われながら、少年は桜色の唇に婉然たる笑みを浮かべた。 「私の招きにお応えいただいて嬉しいですよ、里見様」 少年の言葉に動揺したのは束の間。 「おまえが何者かは分からないけど、このまま見過ごすわけにはいかない。一緒に来ていただく」 そのまま細腕を後ろにねじり上げ、来た道を返そうとした里見は、刹那、強い目眩に襲われた。 天地がぐらりと揺れ、踏張ろうとする足がもつれて前にのめる。 急速になにかが奪われ、身体の力が抜けていく。 清楚でつつましやかな姿を侮った――気づいたときには、膝が落ち、ぐずぐず崩れた身体を、後ろ手に取った樹音の腕だけが支えていた。 樹音が嗤いながらそれを振りほどく。 「おや、宮の方とも思えぬ。あっけないですね」 力を失った手から奪い取った小刀を玩びながら、樹音は冷たい地面の上にうずくまった獲物を冷笑した。 「私を、どうする……？」 声を絞りだした里見を見下ろす典雅な美貌が、艶冶に微笑む。 「くぅ……」 胸部を走った焼けるような痛感に、里見の身体がぴくりと跳ねる。 樹音は冷たい笑みを浮かべ、引き締まった身体にふたたび小刀の刃をすべらせた。 力の差は歴然としている。 拘束されているのは後ろで縛られた腕だけだ。だが痺れたように身体は動かない。 胸から腹にかけて交錯する幾筋もの傷から、鮮血の糸が滲みでる。 けして深く抉らない。 薄く、薄く、ただ嬲るためだけに――。 「やめろ」 制止の声は弱々しく、哀願でしかない。 罠に落ちたのは自分だ。追っていたのではなく、追わされたのだ。 小刀の薄い刃は、肉体と精神をも引き裂いていく。すでに抵抗する力もなく、屈辱に噛み締められていた唇は、苦痛の喘ぎを洩らすだけだった。 ぐったりと身じろぎもできぬ里見の耳元に、やさしい囁きが聞こえた。 「恨むなら最高神官を」 浅く喘ぐ里見の唇がそのままの形で、ぎくりと硬直する。見開かれた瞳に憎悪の意志をこめて、樹音を睨みつける。 「まだそれだけの元気がありますか。それならもう少し楽しめますね」 「触れるな、アヤカシがっ」 侮蔑もあらわに、里見が吐き捨てた。 「心外な」 はじめて少年の声に感情がこもった。 骨の髄まで凍てつかせるような酷薄が、その声のすべてだった。 「私をあのようなものと一緒にするなっ、穢らわしい。異界にも色々いると教わらなかったの？ もっとも、私にはおまえたちのほうが、アヤカシよりもよほど穢らわしく見えるけど」 「なにを勝手な」 「私の目には、この界のありとあらゆるものが瘴気を噴きだしているように映っているのだもの。だから……」 愛らしさと艶やかさを同居させた白玉の面に、淫靡な色が浮かび、里見は思わず息をのんだ。 「この界で私の容（かたち）を維持するには、たくさんの滋養がいる」 涼しげな樹音の目もとが奇妙にねじれた光を放ち、里見を見おろす。 「人間からそれをもらうやり方は色々あるけど、手っ取りばやいのは肌を接しての契り……」 のびてきた指が、里見の胸に触れた。 必死でもがく身体を、意外な力で細い腕が押さえ込む。 少年期の未成熟な身体が重なってくる。 怯えきった顔が、その場所に触れた熱い塊を激しく嫌悪し、拒絶に歪んだ。 「いや、だ……」 押しあてられた塊に力が込められる。 身をよじって逃れようとしたが、腰を押さえる少年の腕はそれを許さない。力まかせに体内に侵入するものが里見を引き裂く。 「うぁ――っ！」 異界のものに抱かれたおぞましさと苦痛に絶叫し、無我夢中でもがく。 後ろ手に拘束された腕が、虚しく軋む。 樹音は自分に向けて見開かれた目に浮かぶ表情が、驚愕から恐怖、そして絶望へと変化していく様を楽しげに見つめた。 狭い器官の内深く埋めらていくくさび。 里見の身体が激しく痙攣する。 臓腑を抉るような容赦のない抽送がはじまった。 「やめて、くれ」 やっとのことで絞りだした哀願に、樹音は冷たい笑みで応える。 「まかせてしまいなさいよ。楽になりますよ」 差しぬかれたままの身体にやんわりと淫靡な手がはった。決して思い通りになるまいとしても、若い身体に冷静さなど要求できるものではない。 里見は歯を食いしばり、苦悶を浮かべる。 「耐える姿もなかなか。春風が見たら喉を鳴らして喜びそうですね」 「……なにを言って……」 「では最高神官のお相手は近衛隊長だけってこと？」 「主（あるじ）を侮辱するなっ」 射るような眼差しを、樹音は鼻先で嘲笑った。 「反応を示すのは春風の名前だけですね。でも、知らないの？ 彼は私の同胞なんだよ」 「嘘だっ！」 ぴくりと、里見の衝動が跳ねる。それに手をはわせながら、樹音がくすくす笑った。 「強情だな。でも、身体は正直。ほら、もうこんなに……」 昂ぶった衝動を嬲られ、ぞわ、と背筋に総毛立つ快い戦慄が生じ、脳髄まで達する強烈な痺れがおそった。 異界の快楽が里見を絡めとろうとしていた。 この界の肉体が持つ感覚では消化しきれない、快楽と苦痛。 声は言葉にならず、思考する努力は徒労におわる。ようやくの思いで開いた両目は、こらえきれずに溢れた涙で濡れていたが、里見にはそれを意識することもできなくなっていた。 のけぞる喉が、苦痛と快楽の混じりあった喘ぎ声をもらす。 追いつめられていく。 じわじわと異界の快楽が心に食い込み、いつか身体だけでなく、精神すらこの少年に従属してしまう自分が見える。 ふたたび激しい抽送がはじまった。 過ぎた快楽が苦痛に、苦痛が快感に――。 ふいに、体内から沸き起こった大きな波が息を奪う。 心臓に熱い血潮が逆流してくるような感覚が走った。 跳ね上がった衝動を、容赦なく細い指が引き絞る。到達できない苦しみに、里見は切なく身体をよじった。 ――おわることのない淫楽が里見を翻弄し続ける。 |
山吹がそれに気づいたのは、一時探索を中断して下京の私宅に戻ろうとした黄昏の迫るころである。 京師の象徴である陽鵬殿の金殿楼閣の大家根には夕陽が照り映え威容を誇っていたが、狭い小路には夕闇がにじむようにして広がりつつあった。 坊を縦横に走る小路は、家路を急ぐ人の往来で賑わっている。 男は距離をおいてつけてくるが、それを隠す気もないらしく、後ろから射るような視線を投げてくる。 樹音の探索に神経を削がれた山吹に、それは疲れを強く意識させた。 男の存在は、山吹の感知能力にしっかり認識されている。 今は一番会いたくない相手だった。 樹音の気配は完全に消えていた。 すでに京師にはいないのではないか――。 よぎる思いを打ち消しながら、孤独な探索は徒労感だけを山吹に残した。 そのとき。 異界の匂いが、青い薄暮の底を流れた。 （樹音か……？） 全身の神経が一度に研ぎ澄まされるなか、あきらかに指向性を持って山吹を招いている。 わずかな躊躇いもなく山吹は足を踏み出した。背後の男も追ってくるだろう。だが、おそらくはなにも見つかるまい。その気配は山吹にのみ残されたものだからだ。 疾走する己れの行き先を察する。目前である。 嘲笑うかのごとく、異界の匂いは山吹の私宅へと導いていた。 木々に囲まれた、ごく目立たないこじんまりとした家だ。 山吹は近くに潜んでいるはずの男に神経を注いだ。 男が近づいてくる様子はない。 注意深く、家の中へ足を踏み入れる。 格子のついた小さな天窓が夕映えに染まっているが、灯火のともらぬ室内は、物の形が判別できる程度だ。 薄闇から匂いたつ異界の香りが静寂に沈んでいる。人の気配はない。 山吹は寝室へと一気に踏み込んだ。 澱んだ空気が大きく揺らぐ。 生々しい雄の匂いと甘く饐えた芳香、さらに血臭が入り混じった、濃密な匂いに眉をひそめる。 鋭く光る目が伏床に転がる人型をとらえたとき、すっと、山吹の背筋が凍りついた。 ぐったりとうつぶせに横たわったまま身じろぎもしない。引き締まった背に、驕慢な深紅の花が手向けのようにそえられていた。 それを払い除け、顔を覗く。 「里見……？」 山吹の顔から一切の感情が消えた。 やつの狙いは自分ではなかったのか。 樹音が狩人に危害をくわえる可能性を予見していなかったわけではない。だからこそ探索中止命令を出したのだ。 里見はときおり感知できる程度で、狩人の力はない。命令を知らぬまま、微弱な力を利用され、罠に落ちたと考えるのは易い。 幸いなことにまだ息がある。素早く首筋に手をあて、脈を調べるとひどく弱々しい。 燭に火をともし、山吹は小さな紙片に素早く書きつけた。 天窓にむかって鳥の声を真似ると、すい、と降りてくるものがあった。 青灰色の鳩である。 山吹は例の紙片をくわえさせ、宙に投げ出した。 「急げ、じきに陽が暮れる。気をつけてな」 軽い羽音を残し、鳩は天窓から飛び立っていく。 細い灯火をたよりに、里見の傷をあらためる。生臭い血の匂いがつんと鼻をついたが、出血は意外に少なかった。 身体中の、鋭利な刃物をすべらせた傷は、嬲るためだけにつけられた浅いもので、ほとんどがすでに乾いている。 問題はどこまで取り込まれたかである。 情交によって精気を喰う樹音だ。 情欲の残滓は里見の身体にはっきり刻まれている。 狩人は異界の力に対して、一般人よりもはるかに強い免疫を持っている。異界を受け入れ、そのうえで引きずり込まれないだけの訓練を積んでいるのが、狩人である。だが人間である以上、直接身体にあたえられる刺激に慣れることは難しい。 ましてや里見は――。 しん、と心の中が冴えかえるのを、山吹は自覚した。 横たわる身体を見つめる黒瞳が白金の色に変化し、玲瓏とした炎が宿る。 弱々しく脈打つ胸にそえられた手がかすかに熱をおび、白い光が息づきはじめた。 やがて光は山吹の全身から溢れ、里見をも包む炎となる。 異界を体内に潜ませた山吹だけが呼応できる、癒しの力だ。 異界の毒を体内に取り込み、浄化していく。 衰弱した里見の身体から立ち上る濃密な異界の匂いが、少しずつ薄れていく。 癒せるのはそれだけだ。心身にくわえられた傷までは癒せない。 表情を消したまま、山吹は大きく力を放出していった。 虚ろな意識の中で里見は白い炎に焼かれていた。 熱くはなかった。むしろ、清涼な風に包まれた思いすらした。 気のせいか、樹木の香気すらただよっているようでもあった。 里見の頬に赤みが戻ってくる。 睫がふっと揺らいだ。 目覚めの気配を受け、山吹の双眸は徐々に光を弱めていく。それとともに炎も収束にむかう。その余韻は濁りきっていた空気を震わせ、清冽な透明さに染め変える。 里見の揺れた睫は、二度、三度、躊躇うようにかすかに上下し、やがてうっすらと目を開いた。 「……山吹、様？」 「分かっている。しゃべるな」 表情を消したまま、山吹はかたい声音でそっけなく命じた。 「私が、侮ったのです……あの少年を……」 凌辱を思い出したのか、ふいに血の気の失せた唇をわななかせ、 「私…は……」 言葉をとぎらせた里見を、山吹は無言のまま腕によせる。熱病に冒された者のごとく、里見の全身は小刻みに震えてた。 出口を求めて狂暴に荒れ狂う怒りを必死に押さえこみながら、腕の中に抱き締める。 やがて衰弱した身体は、なかば意識を失うように眠りに就いた。 そっと里見を横たえてから、山吹は戸口に向かった。 闇が静かに下りていた。夜気がしっとりと濡れている。 数丈離れた樹影で獰猛な獣の瞳が燃えている。梢が風にそよぎ、隣家の揺らいだ明かりが真岳の姿をあらわにする。 霜降りの髪をかきあげ、男が嗤った。頬の大きな傷跡が引きつれた暗い影にゆがむ。 ゆっくりと近づいてきた男が低く唸った。 「今、鳩が飛んだな」 人を尾行しておいて平然とうそぶく真岳に、山吹は目頭で入るようにうながした。 「諸衣につなぎをつけた。奥に里見がいる」 「どういう――」 「喰われている」 「……説明してもらおうか」 「なにをだ？」 疑心に満ちた険しい顔が睨みつける。だが、山吹は真岳の視線を受け流した。無視した、といった方が正確かもしれない。 「里見を頼む。じきに諸衣が来るだろう。それまででいい」 「ふん、暮れはじめているんだ。鳩にお使いできるかよ」 「そのときは、おまえが宮まで里見を運ぶんだ。俺は着替えさせてもらう」 山吹はくるりと背を向ける。その広い背へ、真岳が厳しい口調で詰問した。 「あんたは今日一日なにをしていた？ だらだら外京を歩き回ったり、遊里の坊をうろついたり、まさか散歩しているわけじゃねぇよな。いったいなにを探しているんだ？」 「おまえが見たままだ」 山吹は落ち着きはらって怒声を受け、隣室に入っていく。かっと激昂した真岳の顔色が変わる。 「ふざけるな！」 握り締めたこぶしを壁に打ちすえ、のがすまいと真岳が山吹の腕を掴んだ。 「茜みたいなひよっこに狩られるアヤカシが気配を消せるわけがねえ！ 裏になにかある、そう考えて当然だ。だからあんたを見張っていた。そこへもってきて里見が喰われた。どういうことだ？」 「聞いてどうする」 低く呟いて、山吹は真岳の手を振りはらった。微行のために着ていた粗服を乱暴に脱ぎ捨てる。 「探索中止命令を無視するのか？」 冷たい目を向けても怯む気配のなかった真岳が、短く息をのんだ。問いに対する驚きではない。真岳の視線は、肌脱ぎの山吹の上体に釘づけられている。 「それはいったい……」 胸から腹に、暗褐色の痣がのたうっている。力まかせに引き裂いたような痕は、狩人が犠牲者に見る外傷とあまりにも相似していた。 山吹は沈黙を守ったまま、手早く身仕度を整えた。 「命令を実行しろ。里見は安心できる状態ではない」 「里見が喰われているのは確かか？ 俺はなんにも感じねえ」 鋭く見据える男の双眸を、放たれた氷のような眼差しが射抜いてくる。 「だが俺は感知した。……つまりはそういうことだ」 屈辱のあまり、握り締められた真岳の拳が、ぐっと白くなった。その脇をすりぬけ、戸口に向かおうとした山吹を真岳の身体がさえぎる。 「俺ならたとえ相手が貴族だろうと殺れる！」 「邪魔だてするな」 わめきたてる男に、鋭い恫喝がとんだ。 山吹の顔から表情が消えていた。冥い空洞にも似た双眸が見据えている。怒りとも失望ともつかない、激しく渦をまく感情が、 一瞬ののちには冷水を浴びせられたように萎み、凍てつく。 「あんたは何者なんだ」 詰めよる視線に冷たい一瞥をくれて、 「退け」 山吹は、男の身体を押しやった。 触れた一瞬、真岳が硬直する。胸を突いた掌から流れこむ気配――。 真岳は無意識に身体を引いた。 「あんたは……近すぎる」 茫然と、真岳が呟いた。 山吹は、一瞬、たじろいだように足を止めたが、結局振り返りもせずに出ていった。 宵闇の月はまだ中空に届いていない。厩舎につながれた粕毛の愛馬が、山吹の表層にただよう気配の残滓に怯えたように一、二歩下がるが、彼は悠然と歩みよった。 その暖かな鼻づらをやさしくたたいてやると、ためらう素振りを見せてから、 馬は頭をさげ、首をすりよせてくる。 厩舎の外に引き出すと、山吹は戸口で足をすくめている真岳に一瞬目をやって鞍にあがり、素早く手綱をさばいた。 里見の身体から取り込んだ濃密な異界の気配が山吹を招いている。 それは、山吹の感知能力のみに呼応して放たれている。内側で荒れ狂う激情を必死になだめながら、精神を研ぎ澄ます。 激情は、油断した彼自身に向けられた怒りだ。 追っているのか、誘いだされているのか。 山吹は石畳に落ちる自分の影を供にして、藍色の夜の道に馬を進めた。 |