< 6 >
四方に枝を広げる枝垂れ桜。
桜花は淡くはかない花だからこそ、美しく気高い。
だが、そこに咲く花は妖しく禍々しく、それでいて、惹きつける。魅せられる。
黄昏の淡い光りを映す花弁は下に流れるにしたがって、薄紅から
紅
へと色を増し、大地に触れんばかりの枝先では
深緋
に染まる。
そこには本来の気高さを失い、かわりに凄絶さのみを強調した美しさがあった。
花伽藍の中には、墨色の衣をまとったひとりの青年が、祈るように深く頭を垂れてたたずんでいる。
肩先まで流れる長い髪が紗のようにかかって半ば隠された横顔は、哀しげにも見え、うっすらと微笑んでいるようにも思えた。
ぽとりぽとりと足下に散り敷く花骸に落ちた視線。
背後から投げられる今夕の名残りの光りが、雫となって彼の身体を滑り落ちていく。
花塊の方へ差し伸べた白い指先から滴り落ちる、乾いた血のような色に染まった光り。
幽玄華麗な花の妖かし――。
一畳余りの画絹に描かれたその姿を、
篁岑
は食い入るように見つめた。
周は初めて描いた人物画は、周囲に展示されたこれまでの作品をはるかに圧倒する凄絶な美しさを放つ、異色の作品だった。
「 個展の案内状を見て」
黙って絵を見つめる篁岑の、いつもと変わらぬ端然と動かない相貌を見守りながら、周は口を開いた。
「 母がここの名を……待月亭の名を目にしたとたんです」
突然、紗江子は今までになく激しく狂乱した。
「 だから分った。いつか、ここに来たことがある。あなたに会ったことがある……それは間違っていなかったと。そして、僕も思い出しました」
真摯な眼差しが篁岑を見据えている。
篁岑もゆっくりと絵から視線を上げて、その目を見返した。
――殺さないで……!
母はうわ言に幾度もそう繰り返した。
怯えきった、苦しげなその言葉を聞くたびに、周の封印された記憶の壁は一枚一枚をはぐるように、剥がれていった。
その言葉を吐き出す母の脳裡にも、この光景が蘇っていたのだろう。
「 ……これは、あなたです」
そして花伽藍の下に倒れていたのは――。
「 そうですよね」
篁岑は無言だった。吸い込まれそうなほど深く静かな瞳だけがひた、と周を見つめる。
その目が細められ、篁岑は溜め息を吐くように呟く。
「 こんなものを残されては困るんですよ」
刹那、周の背筋を寒気のようなものが走り抜けた。
すっと、血の気が引いていく。
身を強ばらせ、周は、だが視線だけは頑なに、男の端正な面立ちから外さなかった。
「 ……血は争えない」
篁岑の目がふっと和む。
「 彼も……あなたのお父さんもこの庭が好きだった。毎日毎夜、飽かずに描いていたよ。そして…この庭で、死んだ。もう十五年になるけど、わたしも忘れたことはなかったよ……あの
刻
を」
篁岑は、皮肉とも憐れみともつかぬ不思議な笑みを浮かべていた。
「 おいで。この庭を見せてあげよう」
|