早くも陽射しの中に夕暮れの気配が感じられる。 季節の移ろいに一番敏感な植物が芽吹きはじめ、だが春はまだ浅く、火の気のない部屋は急速に冷えていくようだった。 開け放たれた障子の向こうの庭は広縁から下りられるようになっている。 閑静ではあるが、築山や池を配したような立派な庭ではなく、珍しい花木があるわけでもなかった。 それなのに不思議と心が騒めいてならない。 「 あまね、と読むのですか」 問いかけに、笹生
周
は夢から覚めた者の目を向けた。 「 ……はい?」 「 ほら、またぼんやりして」 呆れた顔を向けて佐伯和弘が、苦笑混じりに弁護する。 「 まったく、ご覧のとおりフワフワしたやつなんですよ。描く絵からは想像もつかないでしょう」 「 いえ」 気の抜けた返事に気分を害する様子もなく、手に取った周の絵に視線を落としたまま、男は淡く笑う。 「 いい名だ。この絵も、とてもいい」 顔を上げ、その声と同様に穏やかな目で、周と和弘を交互に見つめた。 「 気に入りました。個展の件、承知しましょう」 「 ありがとうございます。助かりました。な、周?」 喜色満面で和弘は、横に座っている周に力強く頷いてから、男に深々と頭を下げる。 つられるように無言で一礼した周だが、向けられた男の目と合った途端、なぜか目が離せなくなった。 「 こんな荒屋でよろしければ」 静かな動かない視線で深く周の瞳を捉えたまま、男――『待月亭』の主人、
篁岑
は微笑んで言った。
|